父と息子

ジブリ風いかりや長介

今日は長さんの命日です。
そして地下鉄サリン事件の日でもあります。
そんな感じでニュース検索をしていたら、こんな記事が。
宮崎駿氏“長男教育”反省し次作製作
http://www.excite.co.jp/News/entertainment/20070320061152/Sponichi_kfuln20070320006003.html
この記事自体は、プロデューサー鈴木敏夫による商業的戦略で、「父子対決2部作」だと思っています。
本気で息子が「ゲド戦記」の監督をした事を怒っているのなら、それを提案した鈴木敏夫も切っているはず。
なのに鈴木敏夫のプロデュースで、新作を作るとは之如何に?
気になったのは「こんなことになったのは吾朗が5歳の時、仕事ばかりで付き合っていなかったからだ。」で、長さん父子を連想したからです。
ドリフターズ全盛期の忙しさは殺人的だったと思います。
確かに親子の触れ合いの時間は、一般の家庭に比べて少なかったと思いますが、その少ない時間の中でも、長さんはしっかり父親としての役割を果たしていました。
少なくとも長さんの息子さんは「仕事が忙しい父親に構ってもらえなかった」と言う不満は持っていなかったようです。
結局「仕事が忙しくて子供を構ってやれない」というのは言い訳なんですよ。
でもこの言い訳そのものを否定する気は無いです。
自分も社会人になって働くようになって感じたのは、「休日くらい休ませてくれよ」です。
子供は休日には親と外出して楽しみたいと思うのでしょうが、外で働く身としては体力を温存したいところ。
そういう意味でも長さんは本当に立派だったと思います。