昔のタモリ

ikariya2005-07-18

今更ながら7月10日の日記の続きです。
山下洋輔から「福岡に面白い奴が居るぞ」という話を聞いて、赤塚不二夫タモリを上京させ、時分ののマンションに住ませてしまったのは有名な話です。
タモリと言えば、今は司会者のイメージが強いですが、昔はイグアナのモノマネ、四ヶ国語麻雀、ハナモゲラ語といった持ちネタをテレビで披露していました。
本来は密室芸と呼ばれるヤバイネタをテレビ用にアレンジしたものですが、昔の体を張ったタモリの芸は本当に面白かったです。
またテレビに出始めた頃のタモリの格好は、真ん中分けの髪型に、アイパッチというものでした。だから私が子供の頃は眼帯を付けた人を見ると、「タモリだ、タモリだ」と呼んでいたものでした。
そのスタイルはタモリが独自に考えたのではなく、山下洋輔がコーディネートしたらしいです。それからタモリのモチネタを膨らませて、赤塚不二夫の仲間たちが、こんなのはどうだとアイディアを出していたそうです。

赤塚不二夫由利徹を尊敬しているのだそうです。ずっとコメディアンとして、くだらない事を続けていたからだそうです。
コメディ出身でも伴淳三郎森繁久彌はシリアスに転向してしまいました。(まあ、いかりや長介もその部類に入りますが)
コメディよりシリアスが上だと思っているからではないかと、赤塚不二夫は言います。
これは漫画界でも、ギャグでデビューしたのに、シリアスへ移っていった作家がいることを嘆いた話ですが、密室芸人からスマートな司会者へイメージチェンジしたタモリの事はどう思っていたのでしょう?
赤塚不二夫は平成14年に脳内出血で倒れ、現在は昏睡状態のままだということです。